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東京高等裁判所 昭和25年(わ)81号 判決 1950年11月28日

上告人 被告人 矢口半次

弁護人 田多井四郎治

検察官 稻葉厚関与

主文

本件上告はこれを棄却する。

理由

弁護人田多井四郎治の上告趣意は同人作成名義の上告趣意書並びに上告趣意補充書と題する末尾添附の書面記載の通りである。これに対し当裁判所は次の通り判断する。

第一、二点

論旨は要するに、被告人は農地調整法第九条第一項に則り正当に本件土地を小作人小林鶴吉から取上げたものであるから同条第三項の手続を履踐する必要はないのに拘らず、原審は同条第一項の解釈を誤り延いて同条第三項を適用して本件を有罪として処断したのは違法であるというにある。よつて原判決を査閲すると、判示には解除云々とあるが、これを原判決援用の証拠と対照すると被告人は本件土地取上げについて民法第五四一条に所謂解除権の行使に因つたものでなく、却つて農地調整法第九条第一項所定の信義に反する行為が小林鶴吉にあつたとして被告人は解約の申入をなし本件土地を同人から取上げたものであるという趣旨と解せられる。そしてかゝる事実を事由として解約をなし小作地を取上げる場合には被告人の主張事実が存在し且つ正当である場合に於てもなお同条第三項の手続を踐むことを要するものと解するが相当である。蓋し本件に適用さるべき昭和二十年法律第六十四号による改正後、同二十一年法律第四十二号による改正前の農地調整法第九条(昭和二十一年一月二十四日勅令第三十七号により同年二月一日から施行)と前掲二十一年法律第四十二号により改正規定とを比較対照すれば解除については農地委員会の承認を要しないが(最高裁判所昭和二二年(オ)第二六号同二三年一二月一八日判決参照)解約の場合には被告人に信義に反する行為があつても農地委員会の承認を要するのである。従つてその承認を得ないで解約により被告人が本件土地を取上げたのは不当であるからこれに対し前掲法律第十七条の五によつて被告人を処断した原判決には所論のような違法はない。論旨理由ないものである。なお論旨中第九条第三項の市町村農地委員会の承認ということを都道府県知事の許可と読みかえる旨の規定があるから原判決が農地委員会の承認を要することを前提としているのは違法であるというが、昭和二十一年法律第四十二号附則第三項に所論のような規定があることは所論のとおりであるが、右法律第四十二号は昭和二十一年十一月二十一日から施行されたので本件犯行当時は未だ施行されていない。犯行当時は農地委員会の承認を要するのである。論旨は理由がない。

(裁判長判事 吉田常次郎 判事 保持道信 判事 鈴木勇)

上告趣意書

第一原裁判所ノ認定シタ事実ハ「被告人は長野県北安曇郡会染村三千三百五十一番地に於て自作農を営みつつ農地の賃貸を為して居るものであるが昭和二十一年六月中被告人の右住居地に於て小作人小林鶴吉に対し同人に約二十年以前から期間の定めなく賃貸して居た同村字神田四三〇〇番田一反三畝十一歩に会染村農地委員会の承認を受けないで賃貸借の解除を為して壇に之を取上げたものである」ト云フニ在リマス。

一、被告人ガ会染村神田四三〇〇番田一反三畝十一歩ヲ約二十年程前カラ期限ノ定メナク小林鶴吉ニ小作サセタコトニ付テハ爭ヒナイ。

二、然ルトコロ小作料ハ籾デ支払フ約束デアツタトコロ昭和十九、二十年両年度ハ金納ヲ主張シテ小作料ハ今日ニ至ル迄未納デアルト云フ信義ニ反シタ行為ヲ為シ。

三、次ニ又小林鶴吉ハ会染村ニ於テ農道ヲ新設シタ際同人モ工事担当員トシテ之ニ関与シ賃借地境ニ変更ヲ加ヘナガラ此事実ヲ被告人ニ報告シナイト云フ信義ニ反シタ行為ヲシマシタ即チ証第十三号証(昭和十三年作成被告人名義小作台帳)中昭和十九年度貢欄ニ「字神田一、籾七俵半不足(未納ノ意味)小林鶴吉様」トアリ又証第十一号証(昭和一九、二〇、二一年度矢口家日記)中昭和二十年一月八日欄ニ「昨年(昭和十九年度ノ意味)ノ年貢不払者小林鶴吉七俵」トアリ又証第一号証ノ昭和二十年十二月二十八日欄ニ「小林鶴吉年貢産米請求ニ対シ昨年ト同一方法デ拒ミ(中略)其外前年ノ作付面積ヨリ今年ノ方ガ減ジテ居ルカラ其広狹ヲ調ベテ清算シクレネバ払ハナイト断リ帰レリ」トアルコトニ依リ小林鶴吉ガ勝手ニ小作地ノ境界変更ヲナシタコトヲ推知シ得ルノデアリマス。又証第十一号証ノ昭和二十年十二月三十一日欄ニ依レバ「昭和二十年小作料不足ハ奈須野三代蔵十二俵半ト小林鶴吉七俵ト山年貢」トアリマス。

右ノ事実ハ何レモ農地調整法第九条第一項ニ所謂信義ニ反シタ行為ニ該当シ此場合ニ於テハ地主(本件被告人)ハ賃貸借ノ解除若ハ解約ヲ為シ又ハ更新ヲ拒ムコトガ出来ルコト該条文上明白ニ規定サレテ居リマス。而シテ該条文ニハ信義ニ反シタ行為ノ一例トシテ賃借人ガ宥恕スベキ事情ナキニ拘ハラズ小作料ヲ怠納シタ場合ヲ指摘シテアリマス。

然ルトコロ小林鶴吉ハ昭和十九年度以後ハ金納ヲ以テ物納ニ代フルコトガ出来ルモノト放言シ之ニ藉口シテ昭和十九、二十年度ノ小作料ヲ怠納シタモノデアルコトハ原判決ノ摘示シタ証拠自体ニ依ツテモ明白でアリマス此外ニ小林鶴吉ハ擅ニ其借地ノ境界変更ヲシタト云フ信義ニ反シタ行為モアルノデアリマス。

第二、信義ニ反シタ行為アル場合ニ適用スベキ規定

一、農地賃借人ガ信義ニ反シテ昭和二十年度以前ノ小作料ヲ怠納シ其他信義ニ反シタ行為アル場合ニハ農地調整法第九条ノ二ノ適用サレナイコト農地調整法附則昭和二十年法律第六十四号第三条ノ規定ニ依リ明白デアリマス。即チ同法同条ノ規定ニ依レバ「第九条ノ二ノ改正規定ハ昭和二十年以前ノ産米ヲ以テスル小作料ノ支払及其受領ニ付テハ之ヲ適用セズ」トアリマスカラ昭和二十年前ノ産米(本件ニ於テハ昭和十九年二十年ノ産米ヲ以テスル小作料)ヲ以テスル支払ニ付怠納アル場合ニ於テハ地主(本件ニ於テハ被告人矢口半次)ハ農地ノ賃借人(本件ニ於テハ小林鶴吉)トノ間ニ成立シテアツタ賃貸借契約ヲ解除若ハ解約ヲ為シ又其更新ヲモ拒ミ得ルノデアツテ此解除、解約又ハ更新拒否ニ付農地委員会ノ許可ヲ必要トスル規定ハ何レニモアリマセヌ。

二、然ルトコロ原判決ハ此場合ニ農地調整法第九条ノ第三項ヲ適用シ係爭ノ農地賃貸借ノ解除解約又ハ更新拒否ニ付市町村農地委員会ノ承認ヲ得ルコトヲ必要トストノ見解ヲ取ラレタノデアルガ、同法ノ同項ハ地主ガ借地人ニ信義ニ反シタ行為ナキニ拘ハラズ擅ニ之ヲ取上ゲタ場合ニ限リ適用サレル規定デアルコト同法同条第一項ノ規定自体ニ依リ明白デアリマス。而モ昭和廿四年十二月卅一日迄ハ借地人ニ何等信義ニ反シタ行為ノナイノニ拘ハラズ地主が其農地ヲ小作人カラ取上ゲルニハ都道府県知事ノ許可ヲ受クルコトヲ必要トシタノデアツテ、市町村農地委員会ノ承認ヲ受クルコトノ必要トシタノデハナイ(農林省編農地改革法令集昭和廿四年新訂版一二三頁農地調整法第九条第三項ノ部参照)

三、果シテ然ラバ原判決ハ(1) 農地調整法附則昭和二十年法律第六十四号第三条ヲ適用セズ、(2) 農地調整法第九条第一項ノ解釈ヲ誤リ同法同条第三項ヲ適用シタ違法ガアルノデアリマス。

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